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【自然と共存した人たちを描いたルポ】『新編 越後三面山人記』感想

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小学生の頃は、学校の行事で山登りだったり、遠足によく出かけたものでした。

自然に触れる行為はおそらく小学生までで、中学生になってからは、自然と触れ合う機会はほとんどなくなりました。

とはいっても僕は新潟のさらに田舎に住んでいたので、辺り一面田んぼに囲まれた生活をしていました。

 

僕が生まれる前、「マタギ」と呼ばれる人たちの生涯を描いた『新編 越後三面山人記』を読みました。

 

 

内容紹介

日本の狩猟文化研究の第一人者、東北芸術工科大学教授兼狩猟文化研究所所長・田口洋美氏の若き日の意欲作、隠れたロングセラーを文庫化。
朝日連峰の山懐、新潟県の三面川(みおもてがわ)中流の深い谷間にあった三面集落。
今は三面ダムの底に沈んだこの山里の狩猟文化・山村習俗を、四季折々の山の民の暮らしを追うかたちで詳細に記録した、著者若き日の意欲作。

第一章 狩りの日の出来事
第二章 降りしきる雪の中で-冬-
第三章 山の鼓動とともに-春-
第四章 むせるような緑に抱かれて-夏-
第五章 時雨れる雲ノ下で-秋-
第六章 山人の自然学

※農山漁村文化協会刊行の単行本を文庫化しました。
 

著者について

田口/洋美
1957年、茨城県生まれ。民族文化映像研究所、日本観光文化研究所主任研究員を経て、1990年に「マタギサミット」を主宰。1996年に狩猟文化研究所を設立。2005年、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了、博士(環境学)。同年より東北芸術工科大学教授。自然と人間の関わりを歴史社会的視点から捉えた狩猟文化研究で実績をあげる。現在は極東ロシアや東アフリカ地域へも研究範囲を広げつつ、狩猟を視点とした野生動物の保護管理問題にも取り組んでいる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
 
 

舞台は地元"新潟県"

新潟県村上市のさらに奥地の山に住んでいた狩猟文化のあった人たち。それがマタギです。

 

マタギは、東北地方・北海道で古い方法を用いて集団で狩猟を行う者を指す。「 狩猟を専業とする」ことがその定義とされるものの、現代においては単にマタギ郷として有名な土地に生まれ、鉄砲を生業とする猟師のことを指すのが一般的である。 獲物は主に熊の他に、アオシシカモシカ(後述)、ニホンザル、ウサギなども獲物とした。

 

マタギの集落である三面は1985年(昭和60年)に閉村しました。その彼らに密着したルポ(記者が現地に赴いて取材した内容のこと)が今作です。 

 

自然から学ぶ  

「クマがどこ行ったかっていうのは、あてずっぽうでいってるんではねぇんさ。自分がクマになったつもりで考えて、いってるんさ。クマ獲るためには、まず、クマになることからはじめねばなんねぇんさ。それができねぇとクマは獲れねぇ。だからクマから学ばねばねぇ訳なんさ」

  

マタギの生計を成り立たせていたのは植物などを採取することと、クマなどの動物を狩猟することでした。

 

マタギはクマの習性を熟知しており、たとえ3km離れていてもクマを見つけることができたといいます。クマを狩るためにクマから学ばねばならない。それは自然をつまり知ることに繋がります。

自然には逆らえませんが、学ぶことはできます。ときに彼らは自然に身を任せ、自然と共存して生きてきました。

 

何するんでも、熟練というのは必要なんですよ。若い人たちは年寄りがいうことなぞ嫌がるもんですけど、経験以上に自分を納得させるものはねぇんですね。近道なんてねぇですよ。だから、どんなちっちゃなことでも失敗したら、その原因を考える考えて今度はこうしようとするんです。そして、一つ覚える。それが身につくっていうことでしょう。

 

若い人たち(僕も含め)は高齢者の意見をあまり聞かないことがある。現代の知恵こそが至高と考える人たちがほとんどで、古い知恵に頼らないという人は多いと思います。

また年代の異なる人たちとの交流自体が不足している時代なのかなとも思います。

 

経験という知恵は、当たり前ですが自分で経験しないと身につきません。失敗すらも成功への糧にしていく。マタギの人たちはそうやって、自分たちの伝統を守り続けて来たのだと思います。

 

クマ一頭の価値は家に匹敵する?

 

クマはかつてカモシカと並んで、三面の貴重な原因収入源であり食料でもあった。

(中略)

しかし「クマの胆」は"クマの胆一匁"、金一匁(一匁=約三・七五グラム)といわれるほど高価なものであった。前にも記したようにクマを獲り胆を売買することによって、一時衰退していた家を復興してしまうほどの現金収入をもたらした。また、そうした例が三面には何軒かあったのである。つまり、その家の経済力、家力さえも左右してしまうほどにクマの果たした役割というのは大きかった。

 

動物を獲って生計を立てるのですから、文字のごとくお金を稼いできたわけです。

ウサギやタヌキなどの動物も獲ってきた彼らですが、一番お金を稼げたのはクマでした。クマ一頭獲るだけでも、傾いていた家計を復活させるぐらいお金ががっぽり稼げたといいます。

 

またクマは単にお金を稼ぐ以外でも様々な使い道があったようです。 

 

「(中略)まぁ確かにクマは経済的な意味っていうのが大きかったども、それだけではねぇぜ。とにかくクマは、捨てるところがねぇんさ。それこそもったいなくて捨てるなんてできねぇ。昔は毛皮取ってあまった端っこの皮でも焼いてかじったんだし、犬にも食わした訳だ。骨が残ればそれ焼いて灰にして薬にもしたもんなんさ。

とにかくクマっていうのは最後は何もかもなくするんさ。焼いて灰にして畑なんかに播いたりして、何もかも使い尽くすんさ。山の神様からの授かりもんだはで、決して粗末には扱えねぇんさ」

 

自然に生きる動物は余すことなく、自然に返っていく。粗末に扱うことなく、人間のためになるよう、マタギの人たちは工夫して(あるいは感謝して)クマと付き合ってきました。 

 

 

自然と共存するということ

「山っていうのは、草だの木だのが腐るんださがで、虫だの動物も死んで腐るんだものな。その養分吸って、次の木だの草だのが成長するもんなんだから。あんまり綺麗なもんではねぇと思うんがなぁ。山の中はいつでも生き死になんださがでな。

このあいだ、町から登山に来た衆、もう少し登山道綺麗にして欲しいようなごどいってたどもな。町の人方には公園みてぇな山がいいんだごで。そんな綺麗な山では獣は生きれねぇと思うんがなー。いろんなものが腐って、いろんなものが育つんだものな。それオラたちも獲って食べてきたんださがでなー」

 

山登りはいまやファッション感覚で挑戦できるほど、一般人にも親しみのあるスポーツになりました。山といえども、いったん登ってみれば安全を考慮して、舗装された道ができあがっています。それがいいことか悪いことなのかは、僕には判断がつきません。

 

しかし、過去自然と共存してきた人たちにとって、自然に人間の手を加えるということは、必ずしも首を頷ける状況ではないと思います。

 

普段、電気や水道、自動車などの人工物にまみれていては気づかなかった「自然と共存する」という世界を知れたいい作品だったと思います。

 

マタギが実在した時代がいつかまたやってくるのでしょうか。

自然と共存しなくてはいけなくなったとき、いったいどれだけの人たちが彼ら「マタギ」のような強い生き方ができるのでしょうか。

いろいろと考えさせられた作品でした。

 

それではまた!