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餓狼伝が必要なくなったとき

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餓狼伝 26 (少年チャンピオン・コミックス)

中学、高校の頃の僕にとって餓狼伝はまさに青春のバイブル。あの漫画なくして今の自分はないと言えるほど、熱く読みふけっていたことを覚えています。

 
青春を餓狼伝に捧げていた僕でしたが、ある日ふと気づくと、餓狼伝を読まなくなって
いたことに気づきました。それは一体なぜだろう?
青春を振り返りつつ、餓狼伝が必要なくなった理由について今日は迫ろうと思います。

 

キャオラァッ!!!刃牙に憧れた少年(BOY)

バキ(1) (少年チャンピオン・コミックス)

出会いは中学生の頃。いとこの家にあった週刊少年チャンピオンで連載中の『バキ』を読んだことをきっかけにどんどんハマって行きました。当時の印象はただただ「グロい」の一言に尽きていましたが、読んでいくうちに規格外の超人たちに憧れていくようになりました。
次第に僕の中でも「試合してェ...」という気持ちが芽生え、中学校2年生の頃には校内にある木をひたすら殴り続け、血が出た拳を目の前に微笑むという(側から見ても)危険な青春時代を過ごしていました。
そんな少年は高校に進学すると空手部に所属することになりました。そこからいよいよ本当に「餓狼伝」を目指すようになったのでした。
 

餓狼伝に憧れた理由

バキから入り、板垣先生のもう1つの作品「餓狼伝」にハマるまでにそう時間はかかりませんでした。
餓狼伝の丹波文七は空手家。日々強いやつと出会うために体を極限まで鍛え上げ、闘いに明け暮れる日々を送っています。彼にとって闘いはある種の喜びまでに昇華しているのです。その餓狼伝から僕は「強いことはこの上ない嬉しいことなんだ」と強く刻み込んでしまったんですね。
 

餓狼伝からの洗礼(洗脳)

とにかく主人公を始め登場人物は全員超強い。そして強いやつに出会うと必ず「ニヤァ」って笑う。闘うことを楽しめる異常者たちなんです。
そんな彼らになぜ僕は惹かれ、自ら空手をやろうと思ったのか。それら彼らは全員一様に「一途」だったからです。強くなりたいがために血の滲むようなトレーニングを積み、闘いになれば「この瞬間がずっと続けばいいのに」などと思える。本当はめちゃくちゃ辛いはずなのに、キツイはずなのに、それを上回るくらい闘うことが好きなんだ。
キャラクターは冗談抜きで24時間いつでも闘うことを考えていますし、いつでも臨戦態勢を整えています。闘う前に準備運動をしているようではそいつはただの「スポーツマン」だからです。本当の格闘家は常に闘える状態にあるというのです。
全てをひっくるめて「一途」な格闘家たちがとてもかっこよく、そして美しいと思っていたのでした。
 

安心・安全の三年間

厨二だった僕はとにかく彼らの「一途さ」に惹かれた僕は、学校内でも常に臨戦態勢を取っていました。すれ違う上級生が急に殴りかかってきたらこうしよう、とか。殺気を出して相手をびっくりさせる方法を習得する、とか。
もういつでも闘える態勢を整え、誰でもかかってこいや!と内心めちゃくちゃイキっていたんです。部活で空手の練習もしていましたし、体力的にも自信がありました。
 
 
イキがった高校三年間でしたが、乱闘や喧嘩をしたことは一度もありませんでした。誰かに因縁をつけられたこともありません。もちろんふっかけたこともなかったです。
餓狼伝の世界では日々いろんなやつらが街やリングで闘いを繰り広げていたのですが、僕の高校は規律的で、風紀的にも安心・安全を貫いたような場所だったので、問題事件は一切起こりませんでした。
 

餓狼伝が必要なくなったとき

安心・安全な高校三年間を過ごした僕はその後も平和な毎日を過ごしていました。今日に至るまで人と殴り合ったことは一回もありません。もはや殴り合いたいとは一ミリも思うことはありません。今更ですが人と喧嘩や格闘することなんて、滅多にないんだなぁと高校を卒業した頃から思うようになりました。
 
そもそも餓狼伝のキャラクターたちは自ら敵地に攻め込んで、闘いを求めていくので、僕みたいに三年間受け身の僕はまず闘いに巻き込まれることはなかったわけです。
彼らが闘う理由は
1.闘いが好きで
2.闘いを自ら求めている
からなんですね。
その点僕が求めていたのは「強くなりたかった」であり、別に「闘いが好き」でも「闘いを自ら求めている」わけでもなかったわけです。強くなりたいと思いながら、内心では「喧嘩なんてもってのほか」と思っていたのかもしれませんね。
 

欲すれば引き寄せられる

餓狼伝は所詮漫画の世界の話、とは僕は思っていません。世界のどこかにはたぶん毎日闘い続けている人はいるはずだと思っています。僕が餓狼伝の人たちになれなかったのは、たぶん心の中でそんな生活を求めていなかったのからだと思います。
求めていないことは起きないものです。闘いのみならず、幸不幸も自ら引き寄せてしまうものです。
 
彼らみたいに超強くなれたわけではありませんが、それらの気持ちと引き換えにいろんなものや知識を得ることができました。空手のトレーニングはやっていませんが、ランニングの時間を設けたり、読書に時間を割くようになりました。
 
僕にとってもう餓狼伝の美学は必要ないのかもしれません。ただ彼らのその「一途」な気持ちだけはいつまでも忘れないようにしていたいと思う今日この頃でした。