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ブログ改変中!主に本・映画・ランニングのことを綴っていきます。

努力したら負けだというマインドを持とう

考え方

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努力したら負けだと思っています。

 

 

どうして努力してるの?

ちょっと前までは努力肯定主義者でした。努力しなければ自分に価値がないと思い込むような、何かを成し遂げるには必ず努力が必要だと。誰に教わるでもなく、自らそう思い込むことで何か生きづらさを感じつつも、それこそが正しいと思ってきました。

でもそれは大きな間違いであると最近では思うようになりました。

努力、頑張るは無駄

最近使わなくなった言葉で「努力」と「無駄」という言葉があります。どちらも無意識にしろ意識的にしろ以前までは頻繁に使っていました。

「努力します」「目標達成するまで頑張ります」とか、思い出すと鼻で笑っちゃいますね。

努力も無駄、頑張るも無駄。絶対にやりたくないことナンバーワンです。だって苦しいじゃないですか、頑張ること。

人生は楽しいという真実

僕たちは常に選択して人生を歩んでいる。人はこの世に生まれ落ちたことは奇跡というが、実際には生まれたことすら自らが選択したのものだという説もある。死ぬことも運命だと言いますが、やはりこれも人生の無数にある選択肢の中から選びだしたことなのだと思っています。

話が逸れましたが努力は自分が選択して起こす行動です。

みなさんは努力という言葉にどんなイメージがありますか?

苦しい経験を乗り越えて良い結果を残すための言葉だったり、苦労を重ねることが美徳なんだと思い込むための言葉だと僕は考えています。

努力をするという選択をしている時点で自分は苦しんで結果を得ますと宣言しているようなもんです。なんでそんなこと言うんでしょう。

人生は楽しんで生きるべきです。それを苦労してまで生きようとする意味がわかりません。意味不明。

幸せは苦労の上に成り立つものなんでしょうか。その思い込みはたぶん幼少期に、知恵のない大人たちによって植えつけられた幻想なのではないでしょうか。またはメディアが取り上げる、苦労人のサクセスストーリーに魅せられているだけなのでは。

努力をやめて楽しいことだけをして生きる

苦労する道を選ばないで、楽しい道を選ぶとどうなるか。答えは簡単です。人生を楽しく生きることが出来て、幸せになれるのです。

幸せ=苦労という方程式を捨てて、幸せ=楽しいを選択しましょう。苦労すれば幸せになれるなんて嘘っぱちですよ。苦労を重ねた先には苦労しかありません。

しかし楽しいを積み重ねればその先にもっと楽しいが待っているんです。

今日から頑張ることをやめて楽しむことを意識して行動しましょう。