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ブログ改変中!主に本・映画・ランニングのことを綴っていきます。

死ぬまで同じことを続ける強さとあえてその道を選ばない強さ

妄言

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実録・1年3650km走るとどうなる。毎日10kmランを1年続けてみた。

0か100でしか生きられない。ミニマリズム思考を考える

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それはあえて別の道を選ばないということ。

同じ道を歩み続けるということは怖い。他の分かれ道が見えているのに、ただひたすらに真っ直ぐの道を選ぶ。「もしも」はいくらでもある。それでも尚、正面にのみ目を向けて進む人を僕はただただ尊敬してしまう。尊敬せざるを得ない。

 

40年以上デザインを続ける女性

先日、とあるデザイン展(個展)を見に行ってきました。主催していた女性はなんと40年以上デザインを続けているという。膨大な時間を「デザイン」という道に費やしてきた。まさにプロフェッショナル中のプロフェッショナル。

どの作品も非常に繊細に作られていて、全ての作品に目を奪われた。

きっと模様の一つ一つに意味が込められていて、その集合体である一つの「デザイン」がとてつもない力を放っている。見ていてそう感じました。そして40年という膨大な時間を費やして出来上がったデザイン展の雰囲気。とても心地よく、それでいて力強さを感じるような。

何かに打ち込み、気の遠くなるような時間をかけて出来上がる空間。

自然と体が震えた。

死ぬまで何か続けられることがあるか

現在、僕はいろいろなことにチャレンジしている。10kmランであったり、読書であったりジャンルは様々だ。そして転職に成功して仕事もこれから頑張るつもりでいます。

それらは果たして何年続けることができるのだろう、とデザイン展を見終えふと考えた。

10kmランだって1年続くかどうかは分からない、仕事も死ぬまで続けるか問われたら、分からない。働きもしないで言うのもどうかとは思うが、定年前よりもさらに前に辞めている可能性は十分にある。

読書であれば10年は続けられるかもしれない。でも続けたところで何になるというんだろう。ただちょっと賢くなって、はい死にます。では続ける意味がないのではないだろうか。

先のことは分からないけど

将来どうなるかなんて誰も予想がつきません。どうなりたいかなんて、その時々で変化するのが当たり前。

何をしたらいいか分からない、何を続けていたらいいのか分からない。もしかしたら途中で挫折してしまうかもしれない。

でもそれでいいと思うんです。大事なのは挫折しようが何をしようが、「何かに挑戦し続ける」ことを続ければいいと思うんです。

 

きっと個展を開いた女性みたいに僕は一つのことを40年も続けることが出来ないかも知れない。それでも何かをつかもうと挑戦することを40年続けることはできるかも知れない。

なので何かを一つ続けることに固執する必要はない。変化を楽しみ、変化し続けることを長年にわたって続けることも人生の在り方だと僕は思いました。

 

でも憧れます。一つのことに命をかけられる人は本当に素晴らしい。