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【村上春樹のエッセイ本!】『職業としての小説家』感想

読書-2017年に読んだ本 読書 読書-ノンフィクション 読書-村上春樹

今日は村上春樹先生の『騎士団長殺し』発売日でした。

よく足を運ぶ書店では、『騎士団長殺し』の1・2が大量に平積みされていました。東京の方では深夜0時に発売を解禁するなどのイベントを開催した書店もあったそうな。

そんなブームに乗っかって、今日読んだ本は『騎士団長殺し』...ではなく、『職業としての小説家』です。

 

 

 

 

内容紹介

いま、世界が渇望する稀有な作家──
村上春樹が考える、すべてのテーマが、ここにある。
自伝的なエピソードも豊かに、待望の長編エッセイが、遂に発刊!


目次

第一回 小説家は寛容な人種なのか

第二回 小説家になった頃

第三回 文学賞について

第四回 オリジナリティーについて

第五回 さて、何を書けばいいのか?

第六回 時間を味方につける──長編小説を書くこと

第七回 どこまでも個人的でフィジカルな営み

第八回 学校について

第九回 どんな人物を登場させようか?

第十回 誰のために書くのか?

第十一回 海外へ出て行く。新しいフロンティア

第十二回 物語があるところ・河合隼雄先生の思い出

あとがき

「MONKEY」大好評連載の<村上春樹私的講演録>に、
大幅な書き下ろし150枚を加え、
読書界待望の渾身の一冊、ついに発刊!

 

村上春樹二冊目!

先生の本を読んだのはこれで二冊目なのですが、一冊目が『走ることについて語るときに僕の語ること』でしたので、いまだエッセイしか読んだことがありません。前回『走ることに〜』を読んだときに思ったのが、自分の考えていることや感情を丁寧に表現する人だなということ。ランニングを日課にしている僕にとっては、引き込まれる内容だったし、何より文章が最高にうまいので、わりかし早く読み終えることができました。

 

ちなみに『羊をめぐる冒険(上)』は本棚にしっかりと「保管」されており、まだ読み終えておりません。それはまぁこの記事では話題にしないようにしましょう。

 

www.hashirutori.com

 

小説家の仕事とは

小説家がどのように生活をしているのか。どのような仕事をしているのか。

素人目線(読者かもしれない)からしてみれば、好きな時間に好きなように書き、本が売れれば印税でガッポリ。幸せな生活を送っていらっしゃって羨ましい。そんな生活がほわわんと頭上に浮かびます。もちろんそんな単純なことではないことは百も承知なのだけれど、どうしてもドラマやアニメのチープなイメージがこびりついてしまっている。

 

それをしっかり正してくれる、というよりは丁寧に「違うよ」と教えてくれるのが本作だと思います。

 

先生が小説家を目指したのは、ある日ふとしたきっかけで、原稿用紙に物語を書き連ねて講談社へ持ち込みました。そして素人同然だったにも関わらず、新人賞をとってしまったのです。

 

そのときに僕ははっと思ったのです。僕は間違いなく「群像」の新人賞をとるだろうと。そしてそのまま小説家になって、ある程度の成功を収めるだろうと。すごく厚かましいみたいですが、僕はなぜかそう確信しました。とてもありありと。それは論理的というよりは、ほとんど直観に近いものでした。

 

先生は最初から小説家を目指して生きてきたわけでは決してありませんでした。当時はジャズバーを経営しており、小説とはまったく関係のない仕事をしていました。結婚もされていて、家族の生活を守るために働かなければいけないという気持ちがあったそうです。

 

ただ昔から本を読むことが大好きだった。暇さえあれば本を読んでいたそうです。

 

学生だった頃もまさに本が友達で、本があったからこそ、孤独などは一切感じたことがなかったそうです。さらに本好きが度を増して、和訳されていない英語の本を原本で読んでいたそうで、のちに小説家としてだけでなく翻訳家としても仕事をするようになります。

 

ここで一つ思ったのが、何がきっかけで人生が変わるかわからないということです。

内容を読み進めると、村上春樹という人は決して「天才」ではないということがわかります。小説家として大成されたのは、ただ純粋に本が好きだったということと、ふとした瞬間に浮かんだ好奇心に迷いなく飛び込んだこと。様々な要因がヒモづいて「小説家としての村上春樹」が生まれたのです。

 

努力もされていたのでしょう。しかし何より、この本を読んでいると、文章を書くのが好きだという先生の熱意が伝わってきます。

 

小説家として生きるということは

誰も考えてもいないでしょうが、僕は小説家を志しているわけではありません。小説家の仕事内容を知り、目指そうと思っているわけではありません。

しかし小説家を目指す、目指さないに関わらず、生き方に悩んでいる人がいるならば、この本を手に取ることをおすすめします

 

それは小説で何かを表現するということは、「人生をどのように歩むのか」ということとあまりにも隣接しているからです。

 

考えてみれば、僕らは生きていく過程であまりに多くのものごとを抱え込んでしまっているようです。情報過多というか、荷物が多すぎるというか、与えられた細かい選択肢があまりに多すぎて、自己表現みたいなことをしようと試みるとき、それらのコンテンツがしばしばクラッシュを起こし、時としてエンジン・ストールみたいな状態に陥ってしまいます。そして身動きがとれなくなってしまう。とすれば、とりあえず必要のないコンテンツをゴミ箱に放り込んで、情報系統をすっきりさせてしまえば、頭の中はもっと自由に行き来できるようになるはずです。

 

楽しくもない、見たくもないSNSの情報に一喜一憂してしまってはいないだろうか。周りの評価を気にしすぎてはいないだろうか。

小説を書くことのみならず、人生においても情報過多は時に「害」にすらなりえます。

 

それでは、何がどうしても必要で、何がそれほど必要でないか、あるいはまったく不要であるかを、どのようにして見極めていけばいいのか?

これも自分自身の経験から言いますと、すごく単純な話ですが、「それをしているとき、あなたは楽しい気持ちになれますか?」というのがひとつの基準になるだろうと思います。もしあなたが何か自分にとって重要だと思える行為に従事していて、もしそこに自然発生的な楽しさや喜びを見出すことができなければ、それをやりながら胸がわくわくしてこなければ、そこには何か間違ったもの、不調和なものがあるということになりそうです。そういうときはもう一度最初に戻って、楽しさを邪魔している余分な部分、不自然な要素を、片端から放り出していかなくてはなりません。

 

人生においても同じことが言えると思います。

あなたが(あるいは僕が)楽しい気持ちでいられるかどうか。とても重要なポイントです。今就いている職業が、自分にとって楽しくない職業だった場合、未来は薄暗く冷たい道になるでしょう。人生の半分が楽しくないとしたならば、もう一度道を見直すべきなのです。

 

これはあくまで僕の個人的な意見ですが、もしあなたが何かを自由に表現したいと望んでいるなら、「自分が何を求めているか?」というよりはむしろ「何かを求めていない自分とはそもそもどんなものか?」ということを、そのような姿を、頭の中でヴィジュアライズしてみるといいかもしれません。「自分が何を求めているか?」という問題を正面からまっすぐ追求していくと、話は避け難く重たくなります。そして多くの場合、話が重たくなればなるほど自由さは遠のき、フットワークが鈍くなります。フットワークが鈍くなれば、文章はその勢いを失っていきます。勢いのない文章は人をーーあるいは自分自身をもーー惹き付けることができません。

 

小説家として歩んできた先生が語る「職業としての小説家」は、いま現代人が求めている「生き方」なのかもしれません。

 

それではまた!

 

関連書籍

 

 

 

【東野圭吾のスキーシリーズ第一弾】『白銀ジャック』感想

読書 読書-2017年に読んだ本 読書-文芸作品 読書-東野圭吾

あぁ、どうしてこんな身近に名作が潜んでいたことを僕はいままで知らなかったのだろうか。自己啓発などという甘いお菓子のような本ばかりに気を取られ、人生に必要な養分を摂取してこなかった代償は大きいとつくづく思う。

 

そも小説を読んでこなかったのは一冊読むのに時間がかかるからだ。自分のためになることをするのであれば、やはり質より量だ。たくさんの本を読まなければいけない。

簡単な本でも積み重ねていけば人生の糧になるはずだ。そんな思いで本を読んでいたことは否めない。

しかし、一冊の小説をー誰が読んでも名作だといえるー読んだときに味わえる、極上の面白さをなぜいままで手に取らなかったのだろうか。悔やんでも仕方ない。

 

というわけで今回読んだのは、東野圭吾先生の『白銀ジャック』

 

 

 

内容紹介

2014年8月2日(土)よる9時よりテレビ朝日系列でドラマスペシャル化! 

ゲレンデの下に爆弾が埋まっている――

「我々は、いつ、どこからでも爆破できる」。
年の瀬のスキー場に脅迫状が届いた。警察に通報できない状況を
嘲笑うかのように繰り返される、山中でのトリッキーな身代金奪取。
雪上を乗っ取った犯人の動機は金目当てか、それとも復讐か。
すべての鍵は、一年前に血に染まった禁断のゲレンデにあり。
今、犯人との命を賭けたレースが始まる。
圧倒的な疾走感で読者を翻弄する、痛快サスペンス! 

 

なぜ名作を読んでこなかったか悔やまれる

発売日を確認したら2010年10月15日。その頃の僕といえば、まだ専門学生をやっていた頃だ。本もろくに読まず、現実も見ず、ただこうなりたいというあやふやな目標を追いかけていた時期だ。この『白銀ジャック』という名作を青二才だった僕が手にとっていたら、きっと読書の趣味に目覚めていたと思う。それぐらいに面白い作品だった。

 

物語にはさまざまな伏線が絡みあう。

スキー場で爆弾を埋めた、爆破されたくなければ身代金を用意しろという正体が掴めない犯人。

ゲレンデででの不意な事故で、妻を亡くした夫と子供。

ロイヤルスイートに宿泊しているスキー場のスキー客。

新米パトロール隊員。

いったい誰が犯人なのか。

スキー場で繰り広げられるサスペンス劇がたまらなく面白かった。

 

伏線をしっかりと収集してくれる

東野先生の作品は最後まで安心して読んでいいと思う。というのも広げた伏線はすべて回収して物語を終えてくれるからだ。実にきれいな終わり方をしてくれる。

 

つい最近、恩田陸先生の『六番目の小夜子』という作品を読んでみたのだが、これがまったくの逆。最後までミステリアスな展開で、広げた風呂敷は畳まず広げたままという。そういう作品として読むことができれば面白い作品だということは間違いないが(現に大変面白かった)。

 

  

しかし中には、意味もなく風呂敷を雑に広げたまま、読者を放置するといった作品も多い。

いわば東野先生の作品には「ハズレ」がないと言ってもいい。

 

小説を全然読んだことがない人にとっても、この「東野ブランド」は安心して飛び込んでもいいのだと個人的に強く思う。

 

ドラマ化されていた!

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2014年になんとスペシャルドラマ化されていたことに、ブログ執筆中にGoogle先生から教えていただいた。渡辺謙・岡田将生・広末涼子など錚々たるメンバーが出演していた。

 

作中ではアクロバットなスキー・スノボー技が繰り広げられていたけれど、どのように映像化されたのかとても気になるところ。YouTubeで動画が見当たらなかったので、DVDなどでレンタルできればいいなと思う。

 

現実世界とリンクするかどうか

過去に二回、スキーもしくはスノボーにチャレンジしたことがあったが、いずれもハマらなかった。滑ったというよりは転んだ記憶しか残っておらず、当然楽かったという思い出がカケラほどもない。

小説を読んでいくにあたっては、想像力をフル回転させスキー場をイメージしていた。ただ新潟という雪国で育ったおかげか、雪の質感であったりは想像がついた。

 

例えばこの作品を雪が降らない地域の人が読んだらどうなるか?

沖縄の人たちが読んだらどうなるのかが個人的に、ふと気になったところではある。

 

雪に触れたことがない、スキーやスノボーに親しみがない人でも、『白銀ジャック』は楽しんでいただけると思う。というのもスキー場を舞台にしてはいるが、物語で重要になるのは、主人公らが自らの正義を貫けるかどうかが見所なのだ

 

主人公たちスキー場の整備係は、お客第一に爆弾が埋まったスキー場を閉鎖させるべきだと訴える。一方社長をはじめとした経営者側の人間は、おおごとにしたくない、身代金を払って穏便に済ませたいと世間体ばかりを気にしている。

読者側からくっきり「正義」「悪」が分かれて見えるので、物語の筋としてはとても読みやすい。

 

そこに様々な脇役たちが混ざり合って、サスペンスさが増している。

 

 

 

しかし、ここまで語って最後にいうのもなんだけれど、東野先生の作品は『白銀ジャック』と『祈りの幕が下りる時』の2作品しか読んでいない。

これからもっと読んでいく著者の一人であると言えるだろう。

それではまた!

 

関連書籍

 

 

 

UVERworld『一滴の影響 -ダブル・ライフ-』みた感想

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UVERworldの新曲『一滴の影響』はみなさんもう聴きましたか?

本日YouTubeで公開されたドラマ仕立てのPVで、僕は不覚にも号泣してしまいました。

泣いたのは『THE OVER』振り。これは名曲・名PVに間違いない。最近のUVERは映像へのこだわりがエゲツない。

 

www.youtube.com

 

「音楽と映像はすごく密接に関係性がある」

そう言うように、ボーカルのTAKUYA∞さんが映像作りに参加している姿は、それだけ熱意を感じます。

 

 

テーマはバタフライエフェクト

さて『一滴の影響』のPVについて。

PVのテーマはずばり、バタフライエフェクトです。

 

バタフライ・エフェクト プレミアム・エディション [DVD]

バタフライ・エフェクト プレミアム・エディション [DVD]

 

 

昔そんなタイトルの映画が流行りました。(のちに2,3とシリーズが出ましたが、不発でしたね)

 

バタフライエフェクト、それはわずかな行動がのちの人生に大きな影響を与えるというあれです。

 

バタフライ効果(バタフライこうか、英: butterfly effect)とは、力学系の状態にわずかな変化を与えると、そのわずかな変化が無かった場合とは、その後の系の状態が大きく異なってしまうという現象。カオス理論で扱うカオス運動の予測困難性、初期値鋭敏性を意味する標語的、寓意的な表現である。

気象学者のエドワード・ローレンツによる、蝶がはばたく程度の非常に小さな撹乱でも遠くの場所の気象に影響を与えるか?という問い掛けと、もしそれが正しければ、観測誤差を無くすことができない限り、正確な長期予測は根本的に困難になる、という数値予報の研究から出てきた提言に由来する。

 

考察スタート

www.youtube.com

 

画面は2分割で物語が進みます。

少年と老人の二人が織りなす物語が『一滴の影響』の歌詞ととてもマッチしています。

 

 

左側は泣いているおじいさんを気にかけたり、いじめられっ子を守ったり、正義感に溢れる行動派

一方右側は、泣いているおじいさんをシカト。のみならず家族にまで手を上げてしまうダメ男に成長していきます。

 

シーンを追って考察(になるかどうかも分かりませんが)していきます。

 

公園のシーンー出会いー

 

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泣いているおじいさんを見つけた少年は気にかけ、持っていた折り紙の鶴をプレゼントします。

その後見かけるたびに声をかけるようになり、親密さが増していきます。

 

右側の少年はハナからおじいさんをガン無視。ベンチで泣いていてもシカト。折り紙を渡してくるおじいさんに対しても冷たく興味のない顔で通り過ぎていきます。

 

はい、ここでバタフライが羽ばたきます

こここそが物語の分岐点

 

 

学校でのシーンーおじいさんへの想いー

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勇気ある行動派の少年は、学校でいじめられっ子を助けるために仲裁に入ります。不良少年に殴られたりと散々な様子。

 

一方右側は見て見ぬ振り。ここでもシカトをぶっこきます。当然殴られはしません。

 

この時点で損をしている(?)のは左側の印象。

 

歌詞で出てくる「真面目に生きて入れば いつか報われる そうやって言い切ってしまえば それは嘘になる」はまさにぴったり当てはまります。

 

 

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しかし、いじめられっ子の表情がなんともいえません(お前ほんとうにいじめられてたんか)。

 

再び公園のシーンー決意ー

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いつもの公園に行くとおじいさんの姿がありません。

病院にいくとそこにはベッドで意識を失ったおじいさんの姿が。

 

病院に辿りつくことができたのは、以前からおじいさんの病気を知っていた可能性があります。いじめられっ子を助けようとしたのは、おじいさんの病気を知っていたからではないでしょうか?

弱い者を救う気持ちが、おじいさんと親しくなるうちに身についたのかもしれません。

 

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ここからが僕の一番好きなシーン。

倒れたおじいさんを想い、少年が進むべき道を決断します。

難しい参考書を手に取り、医療の道に進むことを決意します。

 

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左側の笑顔は、困っている人を救う決意をした顔。

右側の笑顔は、目の前の娯楽にただ浸る顔。

 

同じ笑顔でも受ける印象はまったく正反対です。

 

 

そこからそれぞれの生き方が変わります。

少年は年齢を重ね、青年へと成長。

家族に優しく、決して人に当たることのない、正しい生き方を貫く青年。それとは真逆の生活を送る青年。

 

奇しくも同じ道を辿ってはいるのですが、目指し方や生き方が違います。

 

ラスト

不運にも左右とも志望校には受からず、不合格になってしまいます。左右どちらも同じ結末を辿っているのです。

 

これは、どんな努力をしても未来は変わらないという残酷さを表しているように思えます。

 

病室で志望校に落ち、泣いていた青年のそばでおじいさんが目を覚まします。

 

 

青年が志した医療の道は挫折に終わりました。

おじいさんは青年が行動した結果とはまったく無関係に目を覚ますことができました。

 

未来は変わらなかったのです。

 

しかし決定的に違うのは最後の青年の笑顔です。

 

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おじいさんの回復を心の底から喜び、優しい笑みを浮かべる青年と、人生に疲れ、どうしていいのかわからない不安を浮かべる青年。

 

その二つの人生が交わったとき、この歌詞が流れます。

 

ずるい奴が笑う世界 そう言いながら物事が

ゆっくりでも良い方に進むと信じ 今日も

正しく生きようとする君は素敵だよ

そんな自分を君も愛してあげてよ

 

まとめ

去年の『イナズマロック フェス 2016』で台風の影響でUVERworldはライブができませんでした。大雨の中、何時間も待っていたファンがライブを観られずに帰っていく姿を見て、感じるものがあってこの楽曲が生まれたそうです。

行き場のない怒りや悲しみ、誰のせいでもないことに立ち止まらずに前に進もうと応援してくれる曲です。

 

これは前に進むための曲。

PVの中での少年のように、成功を願っても手に入れられないことの方が多い。それでもゆっくりでも良い方に向かうよう信じ生きる。

そうすればきっと素敵なバタフライエフェクトが起こるはずです。

 

それではまた!

  

関連動画

ライブverもかっこいい。

 

www.youtube.com

 

ボーカルのTAKUYA∞さんとギターの彰さんがラジオ出演。

『一滴の影響』の誕生秘話が語られます。

 

www.youtube.com

冬のスマホ事情【2017/2/7[16]】

ランニング ランニング-365日ラン日誌

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普段は早起きするのだけど、気温が低い冬の朝は実は大の苦手。暖かい布団から出て行動する勇気を僕は未だに身につけられないでいる。どうにかして布団の誘惑から抜け出せたとしても、仕事に行かなければならないから結局バタバタとした朝を過ごすことが、最近では増えてきた。

 

今日もその例に漏れず、朝はゆっくりと寝坊するレベルまで布団の中で過ごし、帰宅したら走るスタイルを貫いた。

帰宅後は空腹を満たし、眠気をまとったまま走りに出かける。ちなみに今日の新潟の天気は、風はなかったが、やや冷たい雪が降っていた。正直これくらいなら走る障害にはなり得ない。全然、いつも通りのコンディションといったところ。

 

ただ今日は体が重かった。

右足の土踏まずの痛みもあったし、食後にすぐ走ったのでお腹も痛かった。そして一番のだるさは眠かった。天気は問題なかったものの、体のコンディションはガタガタなのであった。

 

暗闇の中、痛みとープラス眠気ともー戦いながら10kmを走ってきた。タイムは期待するまでもなく60分を超える結果となった。自分でも思うのだが、安定してタイムを出す方法はないものだろうかといつも思う。

誤差2,3分ならまだしも、10分くらいの差は平気で出てしまうので、もうちょっと調整して走れてもいいんじゃないのか、僕の体。

まぁしかし、毎日走れる健康体にはいつも感謝はしている。

 

話は変わって、iPhoneのバッテリーが急に0%になる件について。あれどうにかならないもんですかね。

いつもiPhoneでタイムを測定しているから、急にバッテリーが落ちちゃうと、最悪走りなおしになってしまうから困る。

 

去年の冬もまったく同じ現象が起こっていたことを思い出す。40%ぐらいのバッテリーが、走っている途中でいきなり0%になってシャットダウン。気温が低すぎるせいなのか、シーズン中に数回はトラブルに見舞われた経験がある。

iPhone6は防水機能がないため、おそらくそれが原因の一つなのかもしれない。なのでiPhone7の防水機能には憧れを抱いている。それ以外の機能は6でも間に合っているから買い換えには未だ悩み続けている。

 

スマホ計測をやめて、腕時計で距離とタイムを計測する方法も考えてはみたことはあった。しかしそれだと音楽を聴くことができないでしょ。それはどうしても避けたい。かといって腕時計とオーディオの2台持ちも面倒だから、未だにiPhoneをスマホポーチに入れて走っている。

 

音楽も聴けてタイム測定もできて防水機能がある画期的なアイテムをぜひ誰か開発してほしい。

 

走行距離:10.00km/タイム:1:00:22/平均ペース:6′02″

僕が故障するとき【2017/2/6[15]】

ランニング ランニング-365日ラン日誌

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もう左膝の痛みはまったくないほどまでに回復した。どれだけハイスピードで走ろうとも僕の膝は絶対に耐えてくれる。疲労骨折を越えた現在では、以前よりも増した耐久力があるように感じる。

 

しかしもう以前のように体に大きな負担をかけるような走り方はしないと決めている。体の故障がどれだけ怖いことなのか。この先長い人生において、体の一部が一生使えなくなってしまうかもしれないという恐怖を抱え、耐え抜く自信が僕にはない。

 

体の調子が悪ければ、それなりに速度を落として走る。

どうせ誰と比べるわけでもないランニングだ。人と比べず、自分のペースで走ってこそランニングは楽しめるスポーツだと思っている。

 

そんな僕だったがつい最近、不調を訴える体のパーツがひとつできた。

右足の土踏まずの痛みが消えない。

 

筋肉痛にしては痛みが長く消えないことに違和感を感じている。ぐっと力を入れると鋭い痛みが走る。耐えられない激痛、というわけではないけれど、やはり筋肉痛ではない痛みに、ちょっとした不安を覚える。

「もしかしてまた故障なのか?」

もやもやとした不安を抱えながらここ数日走っている。

痛みは増していく感じはないので、もしかするとあと数日で和らいでいくかもしれない。

 

左膝を疲労骨折したときは激痛が日に日に増していったので、明らかに異常を感じ取ったものだ。ただの疲労はゆっくり走ったりして、休養すればすっと抜けていくはずだった。

何気ない日常の立ち座りの動作がうまくできないというだけで、人は恐怖を感じるものなのだとあの時は涙を堪えるほど、強く不安を感じていた。

 

そんな数ヶ月前の鮮明な記憶を思い出すと、今回の「土踏まずが痛い事件」はそこまで大きなことではないように思える。もう故障は真っ平御免である。

あまり大事に発展しないよう、速度は抑えていつもよりスローペースを心がけている。

とはいいつつも、まだ体力は戻っていないようなのでそれなりに疲れるのだが。

 

故障しないように走ることは全ランナーが共通して気をつけていることの一つかもしれない。しかし、ランナーには絶対に記録を出したいレースがあったり、無理をしなければいけない場面が一つくらいはあるものだ(と少なくとも僕はそう思っている)。

 

僕が心に決めている、体がぶっ壊れても無理して走る場面はたった一つ。

憧れの人と一緒にランニングするとき。

人生において万が一にもそんな場面に遭遇したときは、相手のペースについていけるように本気で走ることを決めている。

ちなみに憧れの人は普通に10km46分とかで走る化け物である。

 

まだまだ修行が足りないようである。

 

走行距離:10.00km/タイム:1:00:37/平均ペース:6′04″

ランニングにすがってる【2017/2/5[14]】

ランニング ランニング-365日ラン日誌

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久しぶりの珍しい雨で、さらに深夜22時30分からのラン。走る距離は10km。強制的に1時間、自分と向き合う時間がある。

 

今日は土砂降りの雨の中、全身がびしょ濡れで走った。

水たまりに突っ込んだせいで、靴の中までもがぐちゃぐちゃになっていた。

 

決して良いコンディションでは無いのだけど、雨の日はどこか吹っ切れた感じがして好きだったりする。

 

一月の寒すぎると言ってもいい天候の中、さらに土砂降りの雨の中走るサラリーマンがどれだけいるだろうか。自分はいま一体何をしようとしているのだろうか。たまに走っていることについて考えたくなるときがある。

 

頭の先から足の先まで濡れていない箇所がどこにもなく。いい意味でいろんなことがどうでもよくなって、頭の中がクリアになってくる。

 

僕が走る理由はなんだろうか。

憧れの人に近づきたくて毎日10kmを走り始めた。今では心の支えというか、「毎日10km走る人」が周りにまったくいないので、人とは違うことをしているという優越感を感じているのかもしれない。

 

なんの取り柄もない僕だが、唯一続けることができているのがランニングだ。ランニングのおかげで自分を保っていられるといっても過言ではない。もうランニング自体が自分の中でかけがえのない存在になってしまったようだ。

 

ランニングを続けたら何が起こるだろうか。

いつもどこか期待して走っている。

ランニングがきっかけで面白い出会いがあるのではないかと。そう期待せず走らない日はない。

 

僕には将来どうなりたいとか、そういう夢のようなものはない。かといって今現在何かに夢中になれるものがあるのかというと、そういうことでもない。

もう僕には何もないのだ。

本気にもなれず、とにかくがむしゃらに毎日体を動かし、本を読んでいる。

これさえやっていれば。これさえやっていればいつか必ず、何かに出会えるはずなんだ。何かって何かはわからないけど、今日みたいな土砂降りな雨の中走った経験が、絶対に未来の自分に役に立つ。

 

走ることと人生が好転することについてはなんの因果関係もないかもしれない。

でも僕は走ることに期待している。むしろすがっている。

 

こんな生き方じゃダメなんだよなぁ。

そんなことを考えがいくつも浮かびながら、冷たい雨に流されていく感覚に、どこか懐かしさを感じたランだった。

 

走行距離:10.00km/タイム:56:54/平均ペース:5′41″

音楽の力【2017/2/4[13]】

ランニング ランニング-365日ラン日誌

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2月1日にリリースされたUVERworldの『一滴の影響』を昨晩ようやく手に入れ、そこからずっと聴いていた。

僕とUVERworldの出会いは中学生のときからで、がきんちょだった僕が成人し社会で働いた今でも聴いているアーティストだ。

 

熱い音楽を聴いていると、自然といいタイムで走ることができる。

トップスピードに持って行くまで、未だゆっくりとしたペースで走っていたが、今日はなかなかのスピードで走ることができた。

いつもの僕のペースはおおよそ1kmあたり5′50″ペースなのだけれど、今日に限っては5′30″とハイペースだった。ハイペースな分、疲れるのは当たり前だけど、音楽が、UVERworldがその疲れを吹き飛ばしてくれる。

 

UVERworldの30作目となるシングルは、カップリングを合わせて3曲が収録されている。『一滴の影響』『エミュー』『Forever Young』。どの楽曲も

「素晴らしい」の一言に尽きる。僕はかなりの偏食(偏曲?偏聴?)で購入してからこの3曲しか音楽を聴いていない。一度ハマると飽きるまで、延々と同じことを繰り返すタイプです。

例に漏れず走っている間の1時間ほど、この3曲をヘビーローテーションさせ続けた。でもまだ飽きない。しばらく飽きはこないだろう。

 

音楽の力は偉大だと、この日記でも唱えていきたい。

フルマラソンを過去2回走ったことのある僕だが、いずれも音楽を聴きながら走っている。コードが煩わしいと感じないよう、ブルートゥースイヤホンを愛用している。

 

自分が熱くなれるようなプレイリストを作成して走ったのだが、これが効果覿面(こうかてきめん)だった。

とくに昨年出場した新潟シティマラソンはすごかった。スタートの号砲が鳴ると同時に音楽スタート。エンドルフィンが頭からどくどくと音を立てて流れるように、僕のテンションは一気に跳ね上がった。曲のリズムに乗りながらーあるいは歌いながらー加速していき、ペースは驚異の4′30″。自分でも驚いたのだが、普段走っているペースとはかけ離れたペース、いわゆるオーバーペースだった。しかし最後までペースを緩めることはなくーといっても5′00″までペースは落ちたーフルマラソンを完走することができた。

 

一年越しのフルマラソンだったが、その一年前のタイムと比べると20分も速くなっていた。毎日走り続けた結果と音楽が僕を支えてくれた。そう思って間違いないと、今日も確信している。

 

走行距離:10.00km/タイム:56:49/平均ペース:5′41″