走るとりドットコム

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

走るとりドットコム

書評&ランニングブログ...にしたい

【ダラダラした生活に喝を入れてくれる本】『秘密結社Ladybirdと僕の6日間』感想

読書 読書-2017年に読んだ本 読書-文芸作品 読書-喜多川泰

自分がいま何をすべきなのか。どのように努力を積み重ねていくべきなのか。

ふといま歩んでいる道が正しいかどうか、不安になったときにおすすめの一冊がこちら『秘密結社Ladybirdと僕の6日間』です。

 

 

 

内容紹介

勉強も部活も恋も、何もかも中途半端な18歳の少年が出会ったのは、
鳥肌が立つくらい、本気になって“今”を生きている大人たちだった……。
小説の累計部数が70万部を突破した喜多川泰、待望の長編小説!


主人公の颯汰(そうた)は誰もが羨む水泳のセンスを持つ高校3年生。
しかしライバルに本気で挑んで負けるのが怖く、早々に水泳を辞めて「書道部」に所属しながらダラダラした受験生活を送っている。
そんなある日、颯汰は熱中症になって道端で倒れてしまう。
次に彼が目を覚ますと、そこは父親がお気に入りで何十回と観ている映画『Ladybird』に出てくるバーだった。
しかも目に映った人物は映画の中でいつも観ているその人たち本人……。キラキラと輝くように生きている大人たちとの出会いが、颯汰を変えていった。

「生きることがつまらなかった。だけど僕は、あの日、あの人たちに出会って、自分との約束を守る大人になると決めたんだ」

10代のストレートな心模様を描く青春小説の名手が挑んだ、まったく新しい登場人物たちの設定とストーリー展開。
読み終わったとき、誰もがきっと自分の人生を静かに見つめ直すことでしょう。

 

著者について

喜多川/泰

1970年、東京都生まれ。愛媛県西条市に育つ。東京学芸大学卒。98年、横浜市に学習塾「聡明舎」を創立。人間的成長を重視した、まったく新しい学習塾として地域で話題となる。2005年に作家としての活動を開始(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

 

簡単なストーリー

主人公は水泳のセンスがあるものの、万年2位止まりで、進学を機に水泳から遠ざかるようになります。受験にもやる気が起きず、日々ダラダラと過ごしていました。
ある日、熱中症で道端で倒れた主人公が目覚めたのは、とあるバー。そのバーこそが「Ladybird」。店内にいる人物たちは、映画監督、女優、建築家、作家など、主人公から見れば「成功者」そのものでした。
 
彼らとの出会いが、堕落していた主人公を変えていきます。
 

一人で持ち上げられないものを数人で持ち上げる

様々な職種の人たちが一同に集まり、ある大きなことを成し遂げようとするために「秘密結社」は結成されました。一人の力では決して持ち上げられない重たいものを、数人集まれば簡単に持ち上げられるように。

秘密結社は一人一人の力を高めることで、個が集まったとき、最大の力が発揮できるよう、各自の道を極めていったのでした。

 

「誰かの力にぶら下がるために、俺たちは集まったわけじゃない。みんなの夢を、全員で持ち上げるためには、自分の力を精一杯磨かないとみんなに申し訳ないって、俺はいつも思ってる」
 

今を生きる

ただなんとなく人数が集まれば大きなことを成し遂げられる、というわけではありません。個人としての力を最大限まで高めた上で、複数が集まったときに相乗効果が生まれるのです。「Ladybird」の創始者はまさに相乗効果を狙って個人の力を伸ばすように指示を出します。
 
個人の力を伸ばす上で重要になってくるのが「自信」。
自信をつけるためには、自分に課した約束をしっかり守ることが大切です。
 

 

「自分と交わした約束を守れる奴はほとんどいない。でも、約束を平気で破る奴は信用できない。だから、自分との約束を破る奴は、誰より自分のことが信用できなくなる。つまり『自信』がなくなっていく。だけど他人と交わした約束を守るときと同じくらいしっかりと、自分と交わした約束を守って生きれば、そいつは一角の人間になれる。きっとそれだけで、思いのままの人生を手にすることができるだろうって肇は言ってた。 

 

「今日を生きる」という言葉が、最近ではどこの広告・本にも登場するほどありふれたワードになってしまっています。しかし「今日を生きる」を意識している人はほとんどいません。

 

人生とは一日の積み重ねです。つまり今日は明日につながっているのだし、今日できなかったことが、明日突然できるようになるわけではないのです。

一日を大切に、精一杯過ごすこと。当たり前のことですが、そのような生き方をすることが「かっこいい生き方」に繋がるのだと、この本を読んで改めて意識させられました。

 

「ああ。一日できる奴は、一生できる。実際に、長い間ひとつのことに集中して、何かを成し遂げている人は、すべての『今日』について、そう考えて生きているに過ぎない」「朝起きるだろ。そうしたらまず心に決めるんだ。今日だけは、今日一日だけは、負けないし逃げない。今日だけは、自分が手に入れたいものにふさわしいと自分で納得ができる生き方をする。一日が終わるときに、今日みたいな過ごし方をしている奴は、嫌でも自分の欲しい合格が手に入るんだろうなぁと、自分でも納得できる一日にする。そう心に決めるんだ。そして、そんな一日が送れたら、合格への道は半分来たも同じだ。一日できる奴には、ずっと続ける力が必ずある。今日一日すらできない奴には、一生チャンスはない」

 

まとめ

自己啓発よりの小説だったかなと思います。ですが物語もしっかりしていて、読んだ後はすっきりとした気分になれます。

何より今日という日を精一杯生きるぞという意識を持たせてくれる良書です。

気分が落ち込んだときに、マンネリしがちな毎日を過ごしている人におすすめです。

 

それではまた!

ストイックという言葉に騙されない

ブログ

f:id:tobutori00:20170318211916j:plain

(写真はリゾート地でスーツ姿で仕事するストイックな男性らしいです)

 

 

毎日走る。ストイックだわぁ。

毎日朝5時に起きる。ストイックだわぁ。

お菓子は食べません。ストイックだわぁ。

 

 

いろいろなことを制限するために、周囲の人に宣言する癖がある僕は、ことあるごとに「〇〇やります!(しません!)」と訴えてきました。その結果「ストイックだね」とお褒め(?)の言葉をいただくようになったのですが、自分ではあまり自覚がありません。

 

そもそも自分のやっていることにあまり自信が持てない性格で、「これで本当に大丈夫なのか?」という不安(というか疑問)が常につきまとっています。

 

例えば「毎日10km走る」と決めて、2年ぐらい継続してきました(途中休んだ期間あり)。周囲の人からすればこの行為は「ストイック」という項目に当てはまるみたいなのだけれど、ここで僕は考えてしまうんです。

 

(例)

・余力を残して帰ってきてしまっている

・音楽を聴きながら走っていては、走りに集中できていないのではないか

・ランニングを惰性で続けていないか

・走る1時間を別の時間に使った方が有意義ではないか

・そもそも毎日走らなくてもいいのではないか

・次に繋がる走りができているか

 

いろんなことを考えはしますが、あえて流すことにしています。

考え始めた時点で、走ることを止めてしまいそうだからです。

(まぁここが全然ストイックではないよね)

 

なので、あえて深くは考えず、ただ毎日走ることで起こるメリットがあることをひたすら信じて走るのみ。そして楽しめる範囲で走ることが僕のモットーとしていることでもあります。

 

本当にストイックな人というのは、タイムをあげたり体調管理を徹底するなど、素人では思いもつかないところまで、鍛錬を重ねる人だといってもいいでしょう。

僕はそこまでのレベルまでは至っていませんし、おそらくこれからもそのレベルを目指すことはないと思います。

 

 

 

ストイックの意味をインターネットで検索をすると次のように出てきました。

 

禁欲的で、厳格に身を持するさま。

 

僕はどちらかというと欲求の赴くままに行動していることがほとんどです。

 

走りたいと思ったらそのときに走るようにしているし(一応毎日)、読書も毎日するようにはしていますが、ページ数は決めていません。

ブログも「毎日更新頑張ります!」と宣言しておきながら、週に1回更新とかザラすぎて、自分で自分を笑ってしまうこともしばしば。

 

 

他人がストイックだねと思えば、確かにストイックなのかもしれないですし、逆に怠けていると言われれば、それもまた「確かに!」と思うわけです。

真面目か不真面目かなどというのは、他人が判断できる点ではないですし、自分で決めるものではないとも思うので、難しいところです。

 

 

ただひとつ、判断基準を設けるとすれば「楽しいか・楽しくないか」ではないかと思います。これであれば容易に判断がつくでしょう。

 

 

楽しい・楽しくないを基準に物事を考えていくと、それを続けることが苦にならなくなり、継続することでスキルがどんどん身について行きます。

ブログもそうでしたが、最初は書くことが全然思いつかなかったものですが、今では適当にキーボードを打ち始めれば、なんとなく一つの記事が出来上がったりもします。これ、ほんと不思議でならないです。

 

この楽しんでいる状態を周りの人から見てストイックだと言われるのであれば、自分にとってはまさに違和感。そうじゃないんだよ、面白がってやってるだけなんだよと。

あとは周りから頑張っているように見えても、自分の中では「周りにはもっとすごい努力している人がいるから。俺なんか全然足元にも及んでないから」と完全に自己否定している人もいます。

 

ゆえに、他人が想像する以上に自分が楽しくのめり込んでいる状態のことをストイックというのかもしれませんね。

 

 

まぁ笑いながらそう訴えつつも、内心はちょっと嬉しかったりもするんですよね。

ストイックと言われる=評価してもらえていると思ってしまうから。

 

でもストイックという言葉に騙されないでほしい

判断基準はいつも自分の中にあって、一番大切なのは、「楽しいか・楽しくないか」なのだから。

 

褒められるとついつい口が軽くなってしまって、自慢話をしてしまわないように。

毎回気をつけるようにしていて、最近ではへこへこしながら手のひらを頭に乗せて「すんません」のポーズをとる癖がついてしまいました。

 

f:id:tobutori00:20170318212640p:plain

 

謙遜しているときに「あ、もしかして今の俺ストイックかも」なんて思ったりもするのですが、んなこと考えているようじゃあ、まだまだ未熟!

 

ストイックなんて言葉は関係なく、自分がやるべきことをしっかり見据えてやっていきたいものですね。

 

それではまた!

【ピアニストたちの壮絶な才能のぶつかり合い】『蜜蜂と遠雷』感想

読書 読書-2017年に読んだ本 読書-文芸作品 読書-恩田陸

購入したのは、2月15日でした。購入後は、別の本を読んだりして、なんだかんだ一ヶ月が経過しました。「早く読まねば!」の気持ちでモヤモヤしていましたが、ようやく話題作『蜜蜂と遠雷』を読了しました。

 

 

内容紹介

俺はまだ、神に愛されているだろうか?

ピアノコンクールを舞台に、人間の才能と運命、そして音楽を描き切った青春群像小説。

著者渾身、文句なしの最高傑作!

3年ごとに開催される芳ヶ江国際ピアノコンクール。「ここを制した者は世界最高峰のS国際ピアノコンクールで優勝する」ジンクスがあり近年、覇者である新たな才能の出現は音楽界の事件となっていた。養蜂家の父とともに各地を転々とし自宅にピアノを持たない少年・風間塵15歳。かつて天才少女として国内外のジュニアコンクールを制覇しCDデビューもしながら13歳のときの母の突然の死去以来、長らくピアノが弾けなかった栄伝亜夜20歳。音大出身だが今は楽器店勤務のサラリーマンでコンクール年齢制限ギリギリの高島明石28歳。完璧な演奏技術と音楽性で優勝候補と目される名門ジュリアード音楽院のマサル・C・レヴィ=アナトール19歳。彼ら以外にも数多の天才たちが繰り広げる競争という名の自らとの闘い。第1次から3次予選そして本選を勝ち抜き優勝するのは誰なのか?
 

著者について 

恩田/陸
1964年、宮城県生まれ。92年『六番目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で第26回吉川英治文学新人賞および第2回本屋大賞を受賞。06年『ユージニア』で第59回日本推理作家協会賞を受賞。07年『中庭の出来事』で第20回山本周五郎賞を受賞。著書多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
 @ピアノを題材にし、ピアニストたちの壮絶な才能のぶつかり合いを描いた作品です。恩田陸先生の細かな心理描写が、読んでいくうちに気持ちをハラハラさせます。 才能のぶつかり合いだけではなく、ピアノコンクールの内容や、ピアニストたちがどのような人生を歩んできたのかも描かれています。その点については、ノンフィクションな部分が多く、ピアニストという職業で喰っていくことが如何に大変なのかも描かれています。 クラシック音楽というと、とにかく優雅で高尚で、というイメージだったが、内実は全く異なる。それこそ親が裕福でもない限り楽器を続けることすらむつかしい。日本の住宅事情では、そもそも楽器を練習する場所を確保するのも大変なのだ。管楽器など、音大を出てしまうと思い切り吹けるところがない。弱音器を付けられる楽器は限られているし、付けると音が分からないので敬遠する人も多いという。楽器もピンキリで、プロとしてやっていくのならそれなりのものを持たなければならないし、維持費用も掛かる。 うちのアパートは楽器は完全NGなのでピアニストを目指すことは叶いません(目指してもいませんが)。そう考えると音楽家たちはいったいどのような場所に住み、どこで練習を重ねているのか?一般住宅では練習する場所すら想像がつきません。それなりにいい家に住み、防音対策もしっかりできた部屋で練習しているのでしょうか。とにかくかかるコストについては、素人では想像がつきません。
 

音楽は美しい

「世界で百人しか演奏してないような楽器で一番になったって面白くないじゃない? これだけの広い裾野があって、みんなが自分も素晴らしい音楽を作り出したい、もっと上手になりたい、ってもがき苦しんで自分の音楽を追求してるからこそ、てっぺんにいる一握りの光を浴びてる音楽家の素晴らしさが余計際立つ。挫折していった多くの音楽家たちが陰に累々といるのを知ってるから、ますます音楽は美しい」
僕は音楽の知識については疎いので、どのような作家がいて曲があって、なんていうのはほとんど知りません。ベートーベンという名前とか第○とかの名前を知っている、その程度。
 
ただ、テレビでたまに見るピアニストや演奏家たちが一心不乱に楽器を弾きこなす様は、見ていて美しさを感じるところがあります。
 
音楽が美しいと思えるのは、「誰よりも上手に演奏する」という意思を持つ人たちが、楽器を自分の手足のようにーあるいは呼吸のようにー自在に操れる段階まで技術を高めるからこそ、そのように感じるのだと思います。  
 
違うよ。こうして後世に残っている曲には、それぞれに曲としてのきちんとした必然性があるんだ。それを弾きこなせない、説得力のないピアニストが悪いんだよ
 
音楽には意味があり、それを音で表現するということはとても難しいことらしい。音に説得力を持たせるために、彼らは幼いころからピアノと真剣に向き合い、そして自分に対してもしっかりと向き合う訓練を続けてきたのです。 
 

まとめ

クラシックの知識があればもっと楽しめた作品だったと思いますが、ズブの素人が読んでも心熱くなる作品だと思いました。さすが直木賞、他の作品とは格が違うというかなんというか。

こういう情熱的な本を読むたびに、よし俺も何か成し遂げよう!と奮い立たせてもらったりもします。

 

ただひとつ難点をあえて挙げるとするならば、ページ数が異様に多かったこと。通常の文庫本ないしはハードカバーを読み終えるのにかかる時間はおおよそ2時間くらい。

 

しかしこの『蜜蜂と遠雷』を読み終えるのにかかった時間はなんと5時間!だってページ数が分厚かったのだもの...。全ページ読むのにはそれなりの体力が必要になります。ぜひゆっくり、音楽の魅力に浸ってみてください。

 

それではまた!

【自然と共存した人たちを描いたルポ】『新編 越後三面山人記』感想

読書 読書-2017年に読んだ本 読書-ノンフィクション 読書-田口洋美

小学生の頃は、学校の行事で山登りだったり、遠足によく出かけたものでした。

自然に触れる行為はおそらく小学生までで、中学生になってからは、自然と触れ合う機会はほとんどなくなりました。

とはいっても僕は新潟のさらに田舎に住んでいたので、辺り一面田んぼに囲まれた生活をしていました。

 

僕が生まれる前、「マタギ」と呼ばれる人たちの生涯を描いた『新編 越後三面山人記』を読みました。

 

 

内容紹介

日本の狩猟文化研究の第一人者、東北芸術工科大学教授兼狩猟文化研究所所長・田口洋美氏の若き日の意欲作、隠れたロングセラーを文庫化。
朝日連峰の山懐、新潟県の三面川(みおもてがわ)中流の深い谷間にあった三面集落。
今は三面ダムの底に沈んだこの山里の狩猟文化・山村習俗を、四季折々の山の民の暮らしを追うかたちで詳細に記録した、著者若き日の意欲作。

第一章 狩りの日の出来事
第二章 降りしきる雪の中で-冬-
第三章 山の鼓動とともに-春-
第四章 むせるような緑に抱かれて-夏-
第五章 時雨れる雲ノ下で-秋-
第六章 山人の自然学

※農山漁村文化協会刊行の単行本を文庫化しました。
 

著者について

田口/洋美
1957年、茨城県生まれ。民族文化映像研究所、日本観光文化研究所主任研究員を経て、1990年に「マタギサミット」を主宰。1996年に狩猟文化研究所を設立。2005年、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了、博士(環境学)。同年より東北芸術工科大学教授。自然と人間の関わりを歴史社会的視点から捉えた狩猟文化研究で実績をあげる。現在は極東ロシアや東アフリカ地域へも研究範囲を広げつつ、狩猟を視点とした野生動物の保護管理問題にも取り組んでいる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
 
 

舞台は地元"新潟県"

新潟県村上市のさらに奥地の山に住んでいた狩猟文化のあった人たち。それがマタギです。

 

マタギは、東北地方・北海道で古い方法を用いて集団で狩猟を行う者を指す。「 狩猟を専業とする」ことがその定義とされるものの、現代においては単にマタギ郷として有名な土地に生まれ、鉄砲を生業とする猟師のことを指すのが一般的である。 獲物は主に熊の他に、アオシシカモシカ(後述)、ニホンザル、ウサギなども獲物とした。

 

マタギの集落である三面は1985年(昭和60年)に閉村しました。その彼らに密着したルポ(記者が現地に赴いて取材した内容のこと)が今作です。 

 

自然から学ぶ  

「クマがどこ行ったかっていうのは、あてずっぽうでいってるんではねぇんさ。自分がクマになったつもりで考えて、いってるんさ。クマ獲るためには、まず、クマになることからはじめねばなんねぇんさ。それができねぇとクマは獲れねぇ。だからクマから学ばねばねぇ訳なんさ」

  

マタギの生計を成り立たせていたのは植物などを採取することと、クマなどの動物を狩猟することでした。

 

マタギはクマの習性を熟知しており、たとえ3km離れていてもクマを見つけることができたといいます。クマを狩るためにクマから学ばねばならない。それは自然をつまり知ることに繋がります。

自然には逆らえませんが、学ぶことはできます。ときに彼らは自然に身を任せ、自然と共存して生きてきました。

 

何するんでも、熟練というのは必要なんですよ。若い人たちは年寄りがいうことなぞ嫌がるもんですけど、経験以上に自分を納得させるものはねぇんですね。近道なんてねぇですよ。だから、どんなちっちゃなことでも失敗したら、その原因を考える考えて今度はこうしようとするんです。そして、一つ覚える。それが身につくっていうことでしょう。

 

若い人たち(僕も含め)は高齢者の意見をあまり聞かないことがある。現代の知恵こそが至高と考える人たちがほとんどで、古い知恵に頼らないという人は多いと思います。

また年代の異なる人たちとの交流自体が不足している時代なのかなとも思います。

 

経験という知恵は、当たり前ですが自分で経験しないと身につきません。失敗すらも成功への糧にしていく。マタギの人たちはそうやって、自分たちの伝統を守り続けて来たのだと思います。

 

クマ一頭の価値は家に匹敵する?

 

クマはかつてカモシカと並んで、三面の貴重な原因収入源であり食料でもあった。

(中略)

しかし「クマの胆」は"クマの胆一匁"、金一匁(一匁=約三・七五グラム)といわれるほど高価なものであった。前にも記したようにクマを獲り胆を売買することによって、一時衰退していた家を復興してしまうほどの現金収入をもたらした。また、そうした例が三面には何軒かあったのである。つまり、その家の経済力、家力さえも左右してしまうほどにクマの果たした役割というのは大きかった。

 

動物を獲って生計を立てるのですから、文字のごとくお金を稼いできたわけです。

ウサギやタヌキなどの動物も獲ってきた彼らですが、一番お金を稼げたのはクマでした。クマ一頭獲るだけでも、傾いていた家計を復活させるぐらいお金ががっぽり稼げたといいます。

 

またクマは単にお金を稼ぐ以外でも様々な使い道があったようです。 

 

「(中略)まぁ確かにクマは経済的な意味っていうのが大きかったども、それだけではねぇぜ。とにかくクマは、捨てるところがねぇんさ。それこそもったいなくて捨てるなんてできねぇ。昔は毛皮取ってあまった端っこの皮でも焼いてかじったんだし、犬にも食わした訳だ。骨が残ればそれ焼いて灰にして薬にもしたもんなんさ。

とにかくクマっていうのは最後は何もかもなくするんさ。焼いて灰にして畑なんかに播いたりして、何もかも使い尽くすんさ。山の神様からの授かりもんだはで、決して粗末には扱えねぇんさ」

 

自然に生きる動物は余すことなく、自然に返っていく。粗末に扱うことなく、人間のためになるよう、マタギの人たちは工夫して(あるいは感謝して)クマと付き合ってきました。 

 

 

自然と共存するということ

「山っていうのは、草だの木だのが腐るんださがで、虫だの動物も死んで腐るんだものな。その養分吸って、次の木だの草だのが成長するもんなんだから。あんまり綺麗なもんではねぇと思うんがなぁ。山の中はいつでも生き死になんださがでな。

このあいだ、町から登山に来た衆、もう少し登山道綺麗にして欲しいようなごどいってたどもな。町の人方には公園みてぇな山がいいんだごで。そんな綺麗な山では獣は生きれねぇと思うんがなー。いろんなものが腐って、いろんなものが育つんだものな。それオラたちも獲って食べてきたんださがでなー」

 

山登りはいまやファッション感覚で挑戦できるほど、一般人にも親しみのあるスポーツになりました。山といえども、いったん登ってみれば安全を考慮して、舗装された道ができあがっています。それがいいことか悪いことなのかは、僕には判断がつきません。

 

しかし、過去自然と共存してきた人たちにとって、自然に人間の手を加えるということは、必ずしも首を頷ける状況ではないと思います。

 

普段、電気や水道、自動車などの人工物にまみれていては気づかなかった「自然と共存する」という世界を知れたいい作品だったと思います。

 

マタギが実在した時代がいつかまたやってくるのでしょうか。

自然と共存しなくてはいけなくなったとき、いったいどれだけの人たちが彼ら「マタギ」のような強い生き方ができるのでしょうか。

いろいろと考えさせられた作品でした。

 

それではまた!

【報告】2月は無事280km走り切りました

ランニング

f:id:tobutori00:20170306212642j:plain

(画像はもちろんイメージです!)

 

寒い中毎日10km走るっていうのもなかなか簡単なことではなかったような。

膝の故障も見る影もないくらい回復して、いよいよ毎日10km走るぞー!と意気込んだ2月でした。

いまさらですが、2月は無事に毎日10km走りきることができました。3月に突入した今日も普段通り10km走ってます。やっぱり走るといったら10kmでしょ!

 

体調も万全に

毎日2km走っていたときには気づかなかったけれど、体はそれなりに衰えていました。

 

オムロンの体組成計で僕の体年齢は25歳まで衰えました(というよりは実年齢に近づいた)。しかし毎日10km走るようになったら、18歳に若返ったのです。これは体組成計で測れる最も若い年齢なのですよ。

 

単純に数値がいいとそれだけモチベーションも上がってくるというものです。

 

あと毎日寒い中、場合によっては雪が降ろうがびしょ濡れで走り続けたのだけれど、不思議と風邪はまったく引きませんでした。職場で次々と病魔に倒れていく同僚たちを横目に、僕の体は健康体そのもの。一度も風邪を引かずに冬を乗り切れそうです。

 

Nike+逝く

アプリの不具合なのかNike+がまったく立ち上がらなくなりました

いままでの計測記録はネット上では確認できるものの、アプリが使用できなくなってしまったので、代わりにRuntastic(無料版)を使うようになりました。

Nike+と同様に無料で使用しているのですが、音声フィードバックが無料版では2kmまでしかされないので、不便で仕方ありません。

音声フィードバックがないと、いちいちスマホの画面を見て距離を確認しなくてはいけないので、走る際の一手間が加わってしまいました。

 

なんとかNike+の復活を祈っていますが、未だ不具合を改善するアップデートは発表されません。頑張ってくれ!Nike+!

 

周りにはどんどん言う

とにかくゆるく、無理なく続けることをモットーに走り続けています。

正直、走ることに関して言うともはや何も語ることがないくらい。歯磨きやお風呂に入ることと同じ感覚です。生活の一部としてランニングは存在していると言っても過言ではありません。

 

ただ、初対面の人に対して「何か続けていることはありますか?」と聞かれたら即「毎日10km走っています」と答えるようにしています。

なぜか?

これは決して自慢などではなく、ランニングを通じて繋がりが増えることがあるからです。

 

現に昨年は毎日走っていることをきっかけに、(数えるほどではありましたが)イベントに誘われたこともありました。

また意外にもランニングを趣味としている人が、今年になって何人か出会えたので、そのことも影響していると思います。

 

自分が楽しいと思えることはどんどん周りに発信していったらいいのかなと思い始めた今日この頃であります。

 

今年のレースはどうしよう

ふと最近は、今年のレースはどうしようかなと悩んでいるというか、考え中であります。

走り始めてから今年で3年目になるのですが、二年連続で新潟シティマラソンのフルマラソンの部に出場しています。

二年しか出ていませんが、毎年恒例の行事のように感じていて、一年に一回の腕試し的な感覚でいます。

 

ちなみに昨年出場したときのタイムは、3時間30分うん十秒とサブ3.5の壁をわずか超えられずのところまで来ていました。たぶん今年本気を出せば、サブ3.5は確実に狙えるタイムだとは思ってますが、また膝を壊すのがちょっと怖い...。

 

2017年の新潟シティマラソンは二部制で、まず3月にハーフマラソンが開催され、10月に10kmとフルマラソンが開催される模様です。ハーフマラソンはもう来週ですね。参加ランナーのみなさんは頑張ってください。僕は絶賛仕事です。

 

目指すとすれば、やはり今回もフルマラソンになるのですが、今年からなんと新コースに変わるのだとか。あと参加費も7000円から9720円と金額もアップ。フルマラソン走るだけで、一万円近くの出費はやや大きいなと、庶民ランナーは思っております。

 

UVERworldがスッキリで特集されたよ!

個人的に2月で一番モチベーションが上がったのは、朝番組「スッキリ」でUVERworldが特集されたことでした。

 

www.youtube.com

 

TAKUYA∞さんがなぜ毎日10km走るのかが、全国のお茶の間で流れたことは、UVERworldファンにとってはこれほど嬉しいことはないでしょう。

あとは新曲の『一滴の影響』がかなり自分好みだと言うことも相まって、2月はまさにUVERworldの月だったといってもいいでしょう。

 

当ブログについても、スッキリの放送後、UVERworld関連の記事の検索流入が増えました。TAKUYA∞さんは本当にすごい。みんなUVERworldのことをもっと知ってほしい。そしてあわよくばこのブログもちょっとのぞいてくれ。

 

www.hashirutori.com

 

まとめ

3月ももちろん毎日10km走ります。

今年はトライアスロンにも(人生初)出たいので、そろそろロードバイクと水泳も練習していかないといけないかなと思ってます。

本を読んだり、ブログを読んだり、走ったり、漕いだり、泳いだり。やりたいことは尽きません。時間を上手に使って、こなせるだけを精一杯こなしていきたいと思います。

 

それではまた!

『おもひで屋』感想

読書 読書-2017年に読んだ本 読書-文芸作品 読書-上杉那郎

今年に入ってから、積極的に人に会うよう努めています。昨年は全くと言っていいほど人に会うことをしなかったので、コミュ障具合が増してしまいました。

このままではいけない!そう思って、いろいろな人に出会う工夫を2017年はしています。

 

出会う人たちは、タイプの違う人たちが多く会って話すととても新鮮です。

この間、新しく出会った人たちと本の話題になり、おすすめの本を何冊か紹介してもらいました。

 

その中の一冊が『おもひで家』です。

紹介してもらってすぐAmazonで注文し取り寄せました。

 

 

内容紹介

初めて聞く母の声、初めて見る父の姿。そこで少年が出会った四日間の奇蹟。甲子園出場の道を断たれ、同時に母を失った、西沢素晴。失意と絶望の中に届いた「想い出チケット」を手に、素晴は19年前の世界に向かった。父の甲子園への夢を叶えるため、そして、列車事故に遭う母を助けるために…小松左京賞作家が描く、切なくて心温まる感動のストーリー。

 

著者について

上杉/那郎
1962年生まれ。日本歯科大学卒業。現在新潟市在住。「セカンドムーン」で第8回小松左京賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

 

物語について

主人公:素晴の母親は、主人公が生まれたときから眠った状態「植物人間」の状態でした。父親も生まれたときから行方不明で、両親の愛情を感じることなく育ってきました。

 

ある日、「おもひで屋」とよばれる団体から一枚の葉書が届きます。

 

想い出はいらんかね、心あたたまる想い出は。

幼い頃はぬくもりを、おとなになったら自信を与え、いつか老いて振り向く時、想い出だけが友だちだ。

だけど、あなたにゃそれがない。辛い"今"を生きるあなたには。

ひとつ、あなたにさしあげましょう。

 

 

気になった素晴は送り先を辿り、おもひで屋を訪れ、そこで不思議な体験をすることになります。

 

時空を超えて両親に会いに行く

物語はタイムスリップもの。

自分の母親がなぜ植物人間なってしまったのか。父親はなぜ姿を消してしまったのか。

二人の記憶を追体験し、真実を知る物語です。

 

過去でのルールは、「過去に干渉はできるが、過去は変えられない」というもの。

 

タイムリープお決まりの「過去を変えたら未来が変わってしまう」などの細かい設定はなし。故にこの設定に関しては二重丸の評価が適当だと思いました。

なんやかんや時間軸がうんぬんというのは、複雑なので僕の脳力に余るというものです。

 

テーマは家族愛か

自分の出生の謎を突き止めるべく、当時の年代に戻る素晴。

一緒に住んでいたじっちゃんも若返り、自分と同い年だった父母にも会うことになります。一体なぜ両親がいなくなってしまったのか。そして変えられない運命に必死に抗おうとする家族の姿が胸を打ちます。

 

シンプル過ぎる設定

いい意味でシンプルな設定なので、細かなことを気にせず読み進めることができました。反面、シンプル過ぎるところが仇となって、やや描写不足なところもあったのかなとも感じました。そもそも「おもひで屋」って一体なんだったの?と最後まで謎は解けないまま。もしかして続編やシリーズものなのかな?とも思い、調べてはみたもののそのようなこともなく。

 

あと登場人物の粗暴さもあまり合いませんでした。丁寧な言葉遣いをするキャラクターが一人も登場しないのは、あんまりにも極端かなーと思いました。

 

エンディングはよかったと思うが

最後の家族3人が揃うシーンは感動しました。素晴がなぜ両親を無くし、一人で生きてこなければいけなかったのか。その謎が解消され、エンディングを迎えたときは、すっきりとした気分になりました。

 

しかしその他の描写が不足していた、というよりは僕にはあまり合わない作風だったのかもしれません。

 

恋敵?である岩間の器の小ささにもやや違和感を感じてしまいました。いっぱしの教師が19歳の子どもに向かってクズ呼ばわりしたり。最後まで中途半端に付きまとう邪魔者で、何をしたかったのかわかりません。素晴のスクーターを盗んで、今までどこで何をしていたのでしょう?

 

まとめ

シンプルな設定のせいか、やや不満足な点が多く残った作品かなと思います。

 

過去に樋口京輔という名義で作品を出していたようです。Amazonで検索をかけたところ、レビュー数はほぼ皆無...。もしかしたらあまりメジャーな作家さんではなかったのかもしれません。

 

新潟市に住んでいらっしゃるとのことで、そこに関して非常に親近感を覚えました。

ぜひ次回作は新潟を舞台に書いてみてほしいと思います。

 

それではまた!

【異母きょうだいが同じ学年にいたら...】『夜のピクニック』感想

読書 読書-2017年に読んだ本 読書-文芸作品 読書-恩田陸

高校生の頃は、走るのがあんまり好きじゃなかった気がします。特に授業中で走らされたりするのは、今思い返せば苦痛でしかなかったなぁと。

逆に部活で走るのは好きでした。厳しい部活動ではなかったし、自由に走ることができたので、「走らされている感覚」は当時ありませんでしたから。

 

今日読んだ本は、恩田陸先生の『夜のピクニック』

高校生たちがひたすら歩く行事「歩行祭」で、各々の想いを語り合うという物語です。

 

 

内容紹介

高校生活最後を飾るイベント「歩行祭」。それは全校生徒が夜を徹して80キロ歩き通すという、北高の伝統行事だった。甲田貴子は密かな誓いを胸に抱いて、歩行祭にのぞんだ。三年間、誰にも言えなかった秘密を清算するために――。学校生活の思い出や卒業後の夢など語らいつつ、親友たちと歩きながらも、貴子だけは、小さな賭けに胸を焦がしていた。本屋大賞を受賞した永遠の青春小説。

 

著者について

恩田/陸
1964(昭和39)年、宮城県生れ。早稲田大学卒。’92(平成4)年、日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作となった『六番目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞、本屋大賞を、’06年『ユージニア』で日本推理作家協会賞をそれぞれ受賞した。ホラー、SF、ミステリーなど、さまざまなタイプの小説で才能を発揮している。

 

もし異母きょうだいが同じ学校にいたら

西脇融と、甲田貴子が異母きょうだいであることを知っている人はほとんどいない。教師も知らないし、親戚だって知らない人がいるくらいだ。

 

主人公である西脇融と甲田貴子は父親が同じ異母きょうだいである。

運命の悪戯か二人は同じ学校に共に進学することになる。互いにきょうだいであることを強く意識ししつつも、同じ学校であるにも関わらず一度も会話を交わすことなく三年間を終えようとします。それは複雑な家庭環境を周りに知られないための、(互いの)暗黙のルールのようなものでした。

 

 

学校の伝統行事で「歩行祭」と呼ばれる、全校生徒が80kmの道のりをただひたすら歩くという行事がありました。

高校生活最後の歩行祭で、貴子はあるひとつの賭けに出ます。

その賭けとは、ずばり異母きょうだいである融に話掛けて、そして返事をもらうこと。ただそれだけのことでした。

 

許せなかった男、許せた女

貴子のことをまるで目の敵のように避けていた融でしたが、それには理由がありました。

 

何度も繰り返し出て来るのは、やはり父の葬儀に現れた甲田親子のことだ。

それまで、漠然としたイメージでしかなかった親子を目の当たりにするのはインパクトがあった。

二人が目に飛び込んできた時のショックは、今でもよく思い出せる。

不快だった。どうしようもないくらい不快だった。平気な顔をしている親子が腹立たしかった。融は目を逸らそうともせずに、親子を見つめていた。

しかし、これまであえて認めてこなかったが、融の感じた本当の不快さは、実は他のところにあったのである。

甲田親子は、カッコよかったのだ。

黒いスーツをびしっと着こなした母親は風格があって凛としていたし、制服姿の娘はとても落ち着いていて聡明さが顔に顕れていた。それに比べて、打ちひしがれた遺族である自分たち親子は、どこかうら寂しく惨めに思えた。あの瞬間、自分の母親に引け目を感じたことが彼にとっては屈辱的で不快だったのである。

 

西脇家は加害者として、甲田家は被害者として。

融の頭の中ではそのイメージがこびりついて離れなかったのでしょう。

 

二つの家庭にあまり差がないことが融を苦しめていた。

 

同じ父親を持ち、同じような家庭環境で育ったからこそ、相手を認めたくない強い気持ちが融にはありました。

一方で貴子にはそのような気持ちがあまりなく、むしろ融に「話しかけたい」とすら思い気持ちがありました。

 

こうして許せる側と許せない側として、互いに距離を保ちつつ、三年間を過ごしてきたのです。

 

二人の距離感がたまらない

二人はお互いのことを強烈に意識して高校生活を過ごしてきました。それは学生の甘い恋愛などではなく、「血が繋がっている他人」という視えないレッテルを意識していたからです。

意識をしていても、話しかけたくても、話しかけられない。

頭の中でまとまらない気持ちがぐるぐる巡ります。

 

読んでいても二人の距離感がもどかしく、恋愛ではないのだけれど、「二人には幸せになってほしい!」と強く思いながら読み進めました。

 

 

 

大人になればある程度のことは理屈で考えられます。

「あの人はああだから、自分は好きだ(嫌いだ)」

「これはこうだから、絶対に無理(できる)」とか。

理屈で考えることができないのが、学生の頃だったかなぁと僕の思い出の中で考えてしまいます。

周りが「キモい」「うざい」と思った対象が、そっくり自分の意見としてなってしまったり、単純な時期だったと思います。

 

主人公の二人も、そのまま大人になってしまえば、「あのとき話していれば」と後悔してしまっていたのかもしれません。

二人の近づこうとする勇気が一番の見どころであり、物語の最大の山場だと思います。

 

とても不思議な作品でしたが、とても胸にくる作品でした。

それではまた!

 

関連記事

www.hashirutori.com